【質問に質問で返す日本人の心理】つい「アナタはどうしたい?」と聞いてしまう人へ

こんにちは、のりこです。

今回はこんなタイトルをつけてみました。

【質問に質問で返す日本人の心理】つい「アナタはどうしたい?」と聞いてしまう人へ

 

はい、これはちょっと前までの私のことです。

海外生活経験者の女って、「我が強い」とか、日本では浮いてしまうほど「自分の意見を押し通す」とか、そんなイメージが横行しているようですが、実際はそんなことありません。

おそらく今でもたくさんの日本人が、海外で自分の意見を言えずに曖昧な返事をしては、相手をイラつかせていることと思います。

とは言え私たち日本人は、悪気があってはっきりしないワケではないんです。むしろ相手のことを考えて曖昧にしていることの方が多いというのに、外国人にはそれがちっとも伝わりません。

日本人と外国人のコミュニケーションの取り方の違い

日本人と外国人(特に欧米人)、それぞれコミュニケーションの取り方は全然違いますよね。なんでもはっきり言い合うのが外国人、なんでも曖昧に探り合うのが日本人。

そんな日本人に対して、特に外国人がついイラッとしてしまうところは

  • 『どっちでもいい』という答えが返ってくる
  • 『アナタはどうしたいの?』と質問に質問をかぶせてくる

こんなところだそうです。

実際に私も普段からあまり『NO』をはっきり言えるタイプではないので、上記の曖昧な感じで答える気持ちはよくわかります。

そして海外に住んでいたときも、『どっちがいいのかはっきり言え!』といつも怒られていました。

『どっちでもいい』と返してしまうワケ

外国人が理解に苦しむ日本人の回答の一つに、『どっちでもいい』というものがあります。

「肉と魚、どっちが食べたい?」と聞かれたら、よほどの理由がない限り『どっちでもいいよ』と言ってしまうのが日本人。私もそうです。

しかし外国人にとっては、『どっちでもいい』と言われるとなんだかとてもなおざりにされた気分になるのだそう。

①「こうしたい!」という確固たる欲求がない

この記事を書きながら改めて考えてみたのですが、日本人が「どっちでもいいよ」と言う時って、けっこう本当に【どうでもいいこと】の場合が多いのではないかと思います。

どんなに「NOと言えない日本人」と言ったって、いくらなんでも本当に重要なことを決める場面では曖昧に濁したりはしません。

肉でも魚でもどっちでもいい。

「どっちでもいい」というより、「どっちも良い」が私たちが意とすることに近いかもしれません。

 

自分はどっちも好きなので、相手の好みに合わせますよということ。

② 自分がどちらかを決めたら、相手の意と反するかもしれない

「どっちも良い」と思っていることに対して、それでもどちらがいいかを問われたので、一応「肉?」と言ってみたとする。

聞かれたから強いて出した答えなのですが、本当は肉でも魚でも良い。

でももし相手が本当は「魚が良い」と思っていたとしたら?と考えてしまうのが日本人なのです。

相手が何を考えているかなんて、本当はわかるワケないのですが、それでもいろんな角度から慮るというのが日本人の考え方です。

『アナタはどうしたいの?』と質問に質問をかぶせてしまうワケ

とある場面で、「コーヒー飲む?」と聞かれたとする。アナタならどう答えるでしょうか。

少し前までの私は、こんな簡単な質問にさえすぐにYES / NOで答えられずにいました。でもそれには私なりのちゃんとした理由があってのことだったのです。

私はこれまで、オーストラリアに1年、シンガポールに7年住んだ経験があるのですが、どちらの国でも「なぜ私が質問に質問で返すのか」をきっちり説明してみたことがあります。

でも、外国人には全然わかってもらえませんでした、この気持ち。

① 私がYESと言ったら、アナタに手間をかけさせてしまうかもしれない恐怖

「コーヒー飲む?」と聞いてくれた相手が、もうすでにコーヒーを飲んでいたなら状況は全然違います。「ではついでに私の分もお願いします」という感じで気軽にお願いできます。

しかし、もしも私が最初から「Yes, please」と言ったら、そこから相手がわざわざコーヒーを淹れてくれることになるのだとすれば、それは相手に迷惑になってしまうかもしれません。

そんなことを瞬時に考えて出てくる言葉が、「アナタは飲むの?」という質問返しになるワケです。

② 私がNOと言ったら、アナタの気分を害してしまうかもしれない恐怖

では反対に、「コーヒー飲む?」と言ってくれた相手に対してピシャリと「No, thanks」と言ったとする。そうしたらもしかしたら、相手も今飲もうと思っていたのに、私が断ったことで相手もコーヒーを飲むのを断念する羽目になるかもしれない。

もうここまでくるとちょっと頭おかしいレベルですね。でもほとんど無意識のうちに、NOと言えない日本人の頭の中ではこんな思いが一瞬で駆け巡るのです。

海外で『どっちでもいい』は失礼

日本人はどうしても「相手はどう思っているのだろう」とわかりもしないことを先回りして想像する癖があります。

もちろんそれは悪いことばかりではなくて、【相手が1番、自分は2番】と相手のことを立ててあげているという意味もあるので、良い面もあります。

① お互いに意見を出し合って決めるのが鉄則

でも外国人のコミュニケーションの取り方の中には、そんな目に見えないものを『慮る』という美学は存在しません。

また、日本人は『私がこう言ったら相手が無理して合わせてくれてしまう』という勝手な罪悪感に駆られたりしますが、外国人が相手の場合は全然違います。

自分が意見を言ったところで、それが通る、採用されるなんて保証は全然なくて、むしろそこから意見が分かれた場合は議論をして話し合って決めていくというスタイルが当たり前なのです。

② 『どっちでもいい』=どうでもいい

外国人と話す時にはこの『どっちでもいい』という言い回しには少し慎重になった方が良さそうです。

『どっちでもいい』『なんでもいい』『どこでもいい』というような、相手におまかせする表現は、彼らにとっては【考えるに値しない、どうでもいいこと】と言われているような、ぞんざいに扱われているイメージを持ってしまうのです。

また自分の意見を言わないというのは、海外では【何も考えていない=無能】なんて印象にも繋がってしまいます。

質問に質問で返す人の深層心理

なんてことない会話の中でもすぐに決められず相手に同じ質問を返してしまう。それって日本人特有の『相手への気遣い』でもあります。

でも、日本人の中にもこれをする人としない人がいます。

「コーヒー飲む?」と聞かれたら、相手が飲もうが飲むまいが、自分が飲みたいかどうかだけで返事ができる人も、もちろんたくさんいるのです。

ではその違いはどこからくるのでしょうか。

許さなかった自分を許せなくなる

それは、自分が反対の立場だった時にどう思うのかがポイントになります。どういうことかというと、自分が相手に、「肉と魚、どっちが食べたい?」と聞いた時に、相手が自分と違う意見を出してきたら内心がっかりする人。

「コーヒー飲む?」と聞いたら相手が「ぜひお願いします!」と答えたが、本当は自分はコーヒーなんて飲まないし、コーヒー淹れるの面倒だな、と一度でも思ったことのある人。

これまでの人生で、相手から自分の思惑と違う反応が来て、それを許せていない人は、すべてそれが自分に投影されて、自分が相手の思惑を裏切ることが許せなくなってしまうのです。

まとめ

今回の記事では、外国人がついイラッとしてしまう日本人の曖昧な返答、『どっちでもいい』と『アナタはどうしたい?』について考えてみました。

私自身これは海外にいる時に、直すのにとても苦労しました。もちろんそこには日本人ならではの相手を慮る心などもあるのですから、必ずしもすべてを直さないといけないとは思いません。

相手が誰かによって、使い分ければOKだと思うのです。

 

コミュニケーションの相手が外国人のときは、『相手の気持ち』なんて気にせずに自分の意見をはっきりと伝えてOKです。むしろその方が喜ばれます。

相手が日本人ならば、多かれ少なかれ同じ気質を持ち合わせていると思ってよいので、そんな自分を否定することなく、どんどん今まで通り曖昧に答えていれば良いのです。

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